書けるかどうか

先日、文芸の編集さんとお話させていただいた。その方が会話の中で「結局、作家というのは、書いていないことを書けるかどうかじゃないですか」とおっしゃった。彼女にとっては何気ない言葉だったと思うのだが、私は数日経ったいまもそれを忘れられないでいる。たぶん写真も同じ。

アルフォート

現場のおやつとして、高確率で巡り合うのがアルフォート。チョコとビスケットが融合した、なかなか贅沢な仕様だ。好きなので、余ったものをよく持ち帰る。

家に置いておくとダンナがたまに食べる。

今日、ダンナが袋から取り出しながら

「アルフォートって刑務所のおやつで一番人気なんだって」

と言った。

へ〜〜〜〜

私は学校が好きだ。学校で勉強していると、自然と、仕事や他のことにもやる気が出る。

この度、思い立って、以前から行ってみたかった語学学校に通うことにした。

最初にレベルテストがあった。30分くらい、外国人の先生と一対一で会話をした。終わってからしばらくして「あなたのレベルは○○である」と記載された用紙をもらった。そこには、英語で「言葉はまだまだアレだが、コミュニケーションすることにまったく壁が感じられない、日本人には珍しいタイプ。だからすぐ上達するんじゃない?」的なことが書いてあった。

意外、の意味をこめて「へえ」と声が出た。

私は本質的に、人に対して何かを主張するのが苦手だ。典型的な日本人タイプといえよう。小学生のときは通信簿に嫌というほど「もっと積極的になりましょう」と書かれていた。そんな自分は、いまでもしっかりと内側に潜んでいる。

しかし、この仕事をするようになってからは、他者に対してゴリゴリ向かっていけないと、話にならないことを知った。あるとき「人見知りなんで、というのはただの甘えだよ」と言われて、そうだな、と思った。

そこで、私はいつしか「開き直る」ことを覚えた。やるしかない。よりよい未来を見たいなら、やるしかないのだ、と。話せ。表現しろ。攻めろ。

そんなことを考えながら生きてきて何年も経過した。たぶん今日の私も激しく開き直っていたのだろう。自分が「変わったな」と思える機会なんてほとんどないが、今日は珍しく、そう思えた日だった。

部屋

たまに「家に全然モノがないんですよね〜」という人に出会う。
そんなときは必ず「どのくらいですか?綾波の部屋くらいですか?」と聞く。
そうするとほとんどの人が「いや……さすがにもうちょっとありますね……」と答える。

綾波レイの部屋の認知度の高さを知る。

花火

仕事終わりに一人で歩いていたら、ドンドンドン!と音がして、道の先に大きな花火が打ち上がるのが見えた。思わず立ち止まると、そばにいた母親くらいの年齢の女性が「あれは神宮球場の花火なんですよ。ヤクルト戦の5回裏に上がるんです」と教えてくれた。へぇ、いまは5回裏なのか、と思っていたら、後ろから来た知らない若いギャルが「そうなんですね〜きれいですね〜」と相槌を打った。結局、数分のあいだ、初めて会った女3人で花火を眺めた。

なんだか良い時間だった。

よくわかりましたね

ガソリンスタンドで洗車してもらった。久しぶりだったので奮発して高いコースにした。

お会計のとき、作業してくれたお兄さんに「カメラマンさんですか?」と聞かれてびっくりした。ガソリンスタンドでそんなことを聞かれたのは初めてである。

たしかに、私の車は機材が満載だ。後部座席をすべて倒し、そこに大量のライトやスタンドを積んでいる(車は事実上の2人乗り)。それを目撃したからだとは思うが、カメラやレンズや背景紙など、職業を特定しやすいものが置いてあるわけではない。写真用の機材を知らない人が見たら「様々なサイズの、黒っぽいケースに入った何かをたくさん積んだあやしい車」という印象にしかならないだろう。

「よくカメラマンだとわかりましたね」とお兄さんに言ったら、彼は「カメラマンかミュージシャンの二択だったのですが、大きなスタンドを見て、カメラマンさんだと思いました」と答えた。唯一ケースに入っていなかったのは、パラボラを立てるためのかなり大きなローラースタンドだった。こんなマニアックなものを見てカメラマンだと確信したのだとしたら、なかなかセンスがあるな……と思った。

こわくなる

嘘だったとしても嬉しいと思うことがあった。しかし、いわゆる「良いこと」があっても素直に喜べない。その分、不幸なことが起こるのではないかと考えてしまう。この思考を改めたいがなかなか難しい。嬉しかったはずなのにいまは恐怖に包まれている。